高野山では、お大師さまは今も生きておられ
奥の院の御廟にて私たちの幸せを祈るご修行されている。
このお大師様のお姿を「入定留身(にゅうじょうるしん)」と言います。
「入定」とは、瞑想の修行に入ることであります。
「入滅(にゅうめつ)」とは病死、もしくは衰弱死、いわゆる死ぬことであり、
仏教の開祖であるお釈迦様はじめ、日本の各宗の祖師様はいずれも「入滅」であります。
しかし、お大師様のみが「入定」であります。
なぜお大師様は永遠の瞑想修行「入定」をお選びになったのでしょうか。
自らのご修行というよりは、これから先のいのちあるものの
生きる上につきまとう苦しみへの深い思いやりの心が
「留身」この世に御身を留まらせて、
あらゆる「いのち」の救済の願いを
瞑想修行によって成し遂げようというご決意からであります。
いわばお大師様の「静」のお姿であります。